―内定取消し・配置転換・解雇と労働法の接点
こども性暴力防止法(令和8年12月25日施行予定)は、教育・保育等の事業者に対し、児童対象性暴力等の防止措置を義務付けています。その核心の一つが、従事者による児童対象性暴力等が行われる「おそれがあると認めるとき」に、対象業務(子どもに接する業務)に従事させないこと等の防止措置です。
この防止措置には、内定取消し、配置転換、懲戒処分といった雇用管理上の措置が含まれますが、事業者がこれらを講じる際には、労働法制を踏まえた適法な手続が不可欠です。
本記事では、法が求める防止措置の内容と、それを適法に実施するための労働法上の重要なポイントを、ガイドラインおよび判例を交えて解説します。
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1. なぜ雇用管理上の措置が必要なのか
法が求める「防止措置」とは
こども性暴力防止法は、学校設置者や認定事業者等に対し、従事者による児童対象性暴力等が行われる「おそれがあると認めるとき」に、その従事者を対象業務に従事させないこと等の防止措置を講じることを義務付けています。
この「おそれ」は、以下のような情報から判断されます。
• 犯罪事実確認の結果(特定性犯罪事実該当者であるか否か)
• 早期把握措置で得られた情報(不適切な行為の疑い等)
• 相談措置で得られた情報(児童等や保護者からの被害の申出等)
• その他の事情
雇用管理措置の具体例
防止措置として講じられる雇用管理上の措置には、以下のようなものがあります。
• 採用段階: 内定取消し、採用見送り(本採用拒否)
• 在職者: 配置転換、自宅待機命令、懲戒処分(戒告、減給、出勤停止、降格、諭旨解雇、懲戒解雇)、普通解雇
これらの措置は、子どもの安全を守るために必要ですが、一方で労働者の権利にも関わる重大な措置です。適法性が認められなければ、不当解雇や権利濫用として争われるリスクがあります。
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2. 「おそれ」のレベル別:求められる防止措置と雇用管理
法に基づく防止措置は、「おそれ」の内容に応じて段階的に検討されます。
犯罪事実確認の結果、特定性犯罪事実(前科)が確認された場合
• 求められる措置: 原則、対象業務に従事させない
• 雇用管理上の対応:
◦ 新規採用の場合: 内定取消し、採用見送り
◦ 現職者の場合: 対象業務以外への配置転換。配置転換が困難な場合は、解雇を含む懲戒処分の検討
• 実務上の重要点: 特定性犯罪事実の存在は、子どもと接する業務における適格性を欠くと判断される、最も重大なケースです。法に基づき、最も厳格な措置が求められます。
被害の申出や不適切な行為の疑いが生じたが、まだ事実確認が完了していない段階
• 求められる措置: 被害児童等との接触の回避
• 雇用管理上の対応:
◦ 自宅待機命令
◦ 別業務への一時的配置転換
◦ 勤務シフトの調整
• 実務上の重要点: 事実の有無が確認できていない段階では、あくまで「暫定的な措置」として位置づけます。この段階で懲戒処分等の確定的な不利益措置を行うと、後に事実無根と判明した場合、不当な処分として争われるリスクがあります。なお、調査期間中の自宅待機命令については、業務上の必要性(法的義務の履行)があるため、正当な業務命令として認められると考えられます。
調査の結果、児童対象性暴力等が行われたと合理的に判断された場合
• 求められる措置: 原則、対象業務に従事させない
• 雇用管理上の対応:
◦ 就業規則に基づく懲戒処分(解雇を含む)
◦ 対象業務以外への配置転換
• 実務上の重要点: 事実が確認された段階では、厳格な措置が正当化されます。ただし、懲戒処分を行うには、就業規則への明記と周知が必須です。
児童対象性暴力等には該当しないが、不適切な行為が行われたと判断された場合
• 求められる措置: 行為の重大性に応じた対応
• 雇用管理上の対応:
◦ 重大な不適切行為(悪質性が高い):ケース③に準じた厳格な対応(配置転換等)
◦ 軽微な不適切行為(初回、悪質性が低い):口頭注意、指導、研修受講命令、経過観察
• 実務上の重要点: 不適切な行為の重大性は、悪質性、頻度、改善の見込み等を総合的に判断します。初回かつ軽微な場合は段階的な対応を行い、指導に従わない場合や再発した場合に厳格な措置に移行するという段階的アプローチが合理的です。
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3. 内定取消しの適法性:「重要な経歴の詐称」がカギ
内定取消しの法的性質
判例(大日本印刷事件等)によれば、内定取消しが有効と認められるためには、「採用内定当時知ることができず、また知ることが期待できないような事実であって、これを理由として採用内定を取り消すことが解約権留保の趣旨、目的に照らして客観的に合理的と認められ、社会通念上相当として是認することができるもの」に限られます。
特定性犯罪事実と「重要な経歴の詐称」
採用選考時に特定性犯罪事実の有無を事前に確認し、応募者が「ない」と申告したにもかかわらず、実際には該当者であった場合、これは「重要な経歴の詐称」に該当し、内定取消事由として認められると考えられます。 なぜなら、こども性暴力防止法の趣旨に照らせば、特定性犯罪事実の有無は、子どもと接する業務の適格性を判断する上で極めて重要な経歴だからです。
事業者が取るべき事前対応
ただし、内定取消しを適法に行うためには、事業者が事前に適切な手続を踏んでいることが前提となります。以下の3点は必須です。
1. 内定通知書・就業規則への明記 内定取消事由や試用期間の解約事由として「重要な経歴の詐称」を明記し、応募者に説明しておくこと。
2. 採用募集要項への明示 採用募集要項の採用条件に、特定性犯罪事実(前科)がないことを明示すること。
3. 書面等での明示的な確認 履歴書、採用面接、内定時の誓約書等を通して、特定性犯罪事実の有無を書面等で明示的に確認すること。
これらの手続を経ていれば、後に記録が判明した際、「応募者が虚偽の申告をした」という事実が明確になり、内定取消しの正当性が高まります。逆に、確認を怠っていた場合、直ちに内定取消しを行うことは困難となるため注意が必要です。
- STEP 1募集要項への明記「性犯罪歴がないこと」を採用条件として公表する。
- STEP 2面接・書類での確認本人に直接問いかけ、申告書(誓約書)にサインさせる。
- STEP 3内定通知書への記載「虚偽申告があった場合は取り消す」と明記しておく。
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4. 解雇の適法性:客観的合理性と社会的相当性
原則:直ちには解雇できない
採用過程で確認を行っていなかった現職者(施行時現職者など)について、犯罪事実確認の結果、特定性犯罪事実該当者であることが判明した場合、原則としてそれのみをもって直ちに解雇することは、解雇権の濫用となるリスクがあります。まずは**「配置転換」**を検討しなければなりません。
例外:解雇が認められる余地
ただし、ガイドラインでは、以下の事情がある場合は、普通解雇の有効性判断において**「重要な要素」**として考慮され得ると整理しています。
• 配置転換等の措置を十分に検討したが、事業所の規模や業務内容から実施困難であること
• 法に基づく防止措置(対象業務に従事させない義務)を履行するために、解雇以外の選択肢が取り得ないこと
つまり、「子どもの安全を守るという法的義務を履行するには、解雇以外に方法がない」という事情があれば、普通解雇の有効性が認められる可能性があります。
懲戒処分を行うための要件
懲戒処分(懲戒解雇を含む)を行うには、以下の要件を満たす必要があります。
1. 就業規則への明記と周知: 「児童対象性暴力等に該当する行為を行ったとき」等を懲戒事由として定め、周知すること。
2. 手続的相当性: 就業規則に規定がない場合でも、特段の支障がない限り、本人に弁明の機会を与えること(判例)。
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5. 配置転換:労働者の同意は必要か
職種限定合意がない場合
就業規則に「業務上の都合により配置転換を命じることがある」という定めがあれば、原則として個別の同意なしに配置転換を命じることができます。本法に基づく防止措置としての配置転換は、「業務上の必要性」が認められやすいためです。
職種限定合意がある場合
「保育士として採用する」といった職種限定合意がある場合は、本人の同意なく職種を変更(例:事務職へ異動)することは契約違反となる可能性があります。 したがって、同意を得る努力が必要ですが、同意が得られない場合でも、「法に基づく防止措置を履行するために、配転または解雇以外に方法がない」という事情は、その後の解雇等の有効性判断において考慮されます。
解雇・配転の判断フロー
まずは「配置転換」を検討
- 子どもと接しない業務(事務、清掃など)があるか?
- → あるなら配転(解雇は無効リスク高)
配転先がない場合
- 小規模で事務職などのポストがないか?
- → **ないなら「普通解雇」**の有効性が高まる(※弁護士へ相談推奨)
職種限定合意がある場合
- 「保育士しかやらない契約」か?
- → 同意を得て配転。拒否されたら解雇の正当理由に。
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6. 事業者が今すぐ準備すべきこと
こども性暴力防止法の施行(令和8年12月25日)に向けて、事業者が今すぐ準備すべき事項をまとめます。
1. 就業規則の見直し
◦ 懲戒事由に「重要な経歴の詐称」「児童対象性暴力等に該当する行為」「不適切な行為」を追加
◦ 内定取消事由、試用期間の解約事由を明確化
2. 採用募集要項・採用書類の整備
◦ 採用条件に「特定性犯罪事実(前科)がないこと」を明示
◦ 応募書類・誓約書に確認欄を設ける
3. 採用プロセスの見直し
◦ 採用面接時に前科の有無を確認する手順を確立
◦ 確認した内容を記録に残す仕組みを構築
4. 配置転換の可能性の検討
◦ 自社の事業内容において、対象業務以外の業務があるか確認
◦ 職種限定合意の有無を確認
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おわりに
こども性暴力防止法が求める防止措置は、子どもたちの安全を守るために不可欠なものです。一方で、これらの措置は労働者の権利にも関わるため、労働法制を踏まえた適法な手続が求められます。
「子どもの安全」と「労働者の権利」、この両者のバランスを取りながら適法に措置を講じるためには、事前の準備(就業規則の整備、採用プロセスの見直しなど)が何よりも重要です。個別具体的な判断に迷った際は、弁護士や社会保険労務士等の専門家の力を借りることをためらわないでください。
- Q疑いがある段階で「自宅待機」を命じた場合、給料は払う必要がありますか?
- A
原則として支払う必要があります(平均賃金の6割以上)。会社の都合(調査)による休業となるためです。ただし、就業規則に「懲戒処分の調査期間中は無給とする」等の定めがあり、かつ本人に責任があることが濃厚な場合は議論の余地がありますが、リスク回避のためには給与保証が無難です。
- Q「子どもと接しない業務」といっても、小さな保育園には事務職なんてありません。どうすれば?
- A
その事情は、解雇の有効性を判断する上で「重要な要素」として考慮されます。配置転換の余地が物理的にないことを記録(検討経緯)に残した上で、解雇の手続きを進めることになります。ただし、不当解雇リスクが高いため、必ず弁護士等の専門家の助言を受けて進めてください。
- Qアルバイトの内定取消しでも同じ手順が必要ですか?
- A
基本的には同じです。アルバイトであっても労働契約は成立しています。ただし、正社員に比べて解雇や契約終了のハードルは若干低い傾向にありますが、「事前の明示(募集要項や面接での確認)」を怠っているとトラブルになる点は変わりません。



